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2006/11/10

桑田真澄という生き方

ワタシは “元” 巨人ファンである。

小学校1年生の頃、父親に連れて行かれた後楽園球場で、王貞治のホームランを目の当りにしてからのおよそ25年間、読売ジャイアンツを愛してきた。

しかし、その間にあった数々の出来事や、ここ数年の球団上層部のやり方に嫌気が差し、巨人ファンをやめることにした。

そして今年、またひとり、愛する選手がジャイアンツのユニフォームを脱ぐ。

1985年11月20日

「第1回選択希望選手 読売 桑田真澄 18歳 投手 PL学園高校」

衝撃の1位指名にによって翌年ジャイアンツに入団。

通算 173勝 沢村賞 1回 MVP 1回 ゴールデングラブ賞 8回 受賞

そして、あの1994年10月8日のナゴヤ球場での最終戦は忘れられない。

ワタシは “元” 巨人ファンではあるが、桑田ファンであることに “元”はつかない。

彼は、入団10年目の1995年に『試練が人を磨く』という本を出している。

ドラフトでつけられた「悪役」のイメージ、裏金スキャンダルや、野球賭博疑惑、17億の借金に、極めつけは肘の故障。

多くの試練が彼を襲った。普通の人間なら耐えられないようなこともあったかもしれない。

でも、彼は「試練こそが、ボクを磨いてくれる」といって立ち直ってきた。

今年、彼はまた大きな試練を与えられた。 人生の師と仰ぐ藤田元司氏の他界。

開幕はローテーションに入り、幸先よく1勝を挙げたのに、ケガ。

調整のための2軍落ち。 しかし、ケガが治っても1軍からは一向に声がかからない。

ジャイアンツは、開幕の勢いはウソだったかのように失速し、台所は火の車。

2軍の試合で好投をしても、翌週1軍に上がったのは前日打ち込まれていた若手だった。

何故? なんで桑田を使わないんだろう・・・ 

彼は毎月、藤田氏から受け継いだエースナンバー18の日に、墓参りに行っているそうだ。

もちろん世話になった藤田氏への追悼の念もあるのだろう。

でも、本当は、相談したいことがたくさんあっただろう。聞いて欲しい話がたくさんあったんだろう。 

そして、彼はジャイアンツのユニフォームを脱ぐ決心をした。

メジャーリーグに挑戦するという。  率直にいって、やれるんじゃないかと思う。

先発ローテとはいかなくても、セットアッパーであればかなりいけると思う。

長谷川滋利が、複数の球団で重宝されたように、制球力があり、経験豊富な桑田なら活躍できると思う。

来年、アメリカのどこかのスタジアムで彼が楽しそうにボールを投げている姿を見たい。

やはり今回も、「試練は彼を磨いた」んだと思いながら・・・

唯一球に心を込めて    

ガンバレ! 真澄!

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コメント

おーたくん
 むむむ。そう来るか?
 面白いかもね。アメリカ野球にはない
 体の使い方とか。
 でも、まずは、ホント、がんばってもらいたい。

koさん
 ありがとうございます。
 こちらこそよろしくお願いします♪

投稿: ジョニー | 2006/11/11 00:12

リンク完了しました。

これからもどうぞよろしくお願いします。

投稿: ko | 2006/11/10 19:33

桑田メジャー俺もうれしい。
さらには、日本人初のメジャー監督って
のも悪くない。 
 メジャーでのコーチ業を視野に入れて
ないかな?? 彼!!

投稿: おーた | 2006/11/10 16:08

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